プレジデントオンライン(2024年7月26日)で拓殖大学政経学部の佐藤一磨教授の寄稿『「親の幸福度が低いと子も低くなる」遺伝、生活環境、学歴、所得…最新研究が明らかにした”幸福度の真実”』で、親の幸福度が子どもの幸福度にどのように影響するかについての最新研究を紹介しています。研究によると、親の幸福度が低いと子どもの幸福度も低くなる傾向がありますが、この関連性は致命的なものではなく、個人の努力によって幸福度を上げる余地が十分に残されているとされています。
https://president.jp/articles/-/84044
自己肯定感の高さも正の関係
親の幸福度が子どもの幸福度に影響を与えるのであれば、自己肯定感はどうでしょう?
実は、親の自己肯定感の高さも子どもの自己肯定感の高さと正の関係性があります。
例えば、”The Role of Parental Self-Esteem and Parenting Practices in the Intergenerational Transmission of Well-Being” (Orth et al., 2012) という論文は、親の自己肯定感と子育て実践が、世代間の幸福度の伝達にどのように関与しているかを探究した研究です。
研究の主な目的は、親の自己肯定感が子どもの幸福度にどのように影響を与えるか、そしてその過程で子育て実践がどのような役割を果たすかを明らかにすることで、研究方法としては、長期的な追跡調査を採用しています。親子ペアを対象に、複数年にわたってデータを収集し、分析を行いました。
研究の結果、下記のような発見がありました。
- 親の自己肯定感と子どもの幸福度には正の相関関係が見られました。つまり、親の自己肯定感が高いほど、子どもの幸福度も高くなる傾向がありました。
- この関係性は、子育て実践によって媒介されていることが分かりました。高い自己肯定感を持つ親は、より肯定的な子育て実践(例:温かい関わり、適切な支援、効果的なコミュニケーション)を行う傾向がありました。
- 肯定的な子育て実践は、子どもの幸福度を高めるだけでなく、子どもの自己肯定感の発達にも寄与していました。
- この効果は時間の経過とともに累積的に作用し、長期的に子どもの幸福度と自己肯定感に影響を与えていました。
- 親の自己肯定感が低い場合でも、肯定的な子育て実践を意識的に行うことで、子どもの幸福度に良い影響を与えられる可能性が示唆されました。
この研究の意義は、親の自己肯定感が子どもの幸福度に与える影響のメカニズムを明らかにしたことです。親の自己肯定感を高めることと、肯定的な子育て実践を促進することの両方が、子どもの幸福度を高める上で重要であることを示唆しています。
自己肯定感に影響を与えるメカニズム
また、親の自己肯定感が子どもの自己肯定感の発達にどのように影響するかを調査した重要な研究もあり、下記のようなことが分かっています。
- 親子間の自己肯定感には強い正の相関関係が見られました。つまり、親の自己肯定感が高いほど、子どもの自己肯定感も高くなる傾向がありました。
- この相関関係は、子どもの年齢が上がっても持続していました。これは、親の影響が長期的に続くことを示唆しています。
- 親の自己肯定感が子どもの自己肯定感に影響を与えるメカニズムとして、以下の要因が特定されました:
- モデリング:子どもが親の行動や態度を観察し、模倣すること。
- フィードバック:親が子どもに与える評価や反応。
- 家庭環境:親の自己肯定感が家庭の全体的な雰囲気に影響を与えること。
- 母親と父親の影響力に違いが見られ、多くの場合、母親の自己肯定感の影響がより強いことが示されました。
- 子どもの性別によっても影響の受け方に違いがあり、同性の親からの影響がより強い傾向が見られました。
- 親の自己肯定感が低い場合でも、意識的な努力や適切な介入により、子どもの自己肯定感の発達を促進できる可能性が示唆されました。
この研究で分かるのが、自己肯定感の世代間伝達のメカニズムを明らかにした点です。文化的背景や社会経済的要因の影響、遺伝的要因と環境要因の相互作用など、考慮すべき他の要素もあるかもしれませんが、親の自己肯定感が子どもに伝達することが分かりました。特に子どもが親をモデリングすることが幸福度や自己肯定感に影響を与えているのではないかと思います。
幸福度と自己肯定感を阻害する日本社会の問題点
日本の親子の幸福度にはどんな問題があるでしょう?
日本の親子の幸福感に関する問題は、社会的・文化的な要因が複雑に絡み合っています。以下に、日本特有の課題といくつかの関連する問題を挙げてみましょう。
日本の親子の幸福感に関する問題は、社会的・文化的な要因が複雑に絡み合っています。長時間労働と仕事中心の文化は、特に父親の家族との時間を奪い、親子関係の構築や維持を困難にしています。同時に、日本の教育システムにおける激しい競争は、親子双方に大きなストレスをもたらし、幸福度を低下させる要因となっています。
少子高齢化の進行は子育ての負担を増大させ、親のストレスを高めると同時に、子どもへの期待も高まっています。また、長期的な経済停滞による経済的不安は、多くの家庭にストレスをもたらし、家庭内の雰囲気や子育ての質に影響を与えています。
日本文化特有の感情表現の抑制は、親子間のオープンなコミュニケーションを妨げ、互いの理解を難しくしています。さらに、仕事と家庭生活のバランスが取れていない親が多く、これが親子関係や双方の幸福度に悪影響を及ぼしています。
核家族化や地域コミュニティの衰退による社会的孤立は、子育ての孤立感を高め、親のストレスを増大させています。加えて、デジタル技術の普及により、対面でのコミュニケーションが減少し、親子関係の質や互いの幸福感に影響を与えています。
これらの問題は相互に関連しており、日本の親子の幸福度や自己肯定感に複合的な影響を与えています。解決するには、社会システムの改革から個人の意識改革まで、多面的なアプローチが必要です。親子の幸福度や自己肯定感を高めるためには、これらの課題に対する包括的な取り組みが求められていて、個人、家庭、そして社会全体での改革が不可欠になります。
【参考文献】
https://president.jp/articles/-/84044
“The Role of Parental Self-Esteem and Parenting Practices in the Intergenerational Transmission of Well-Being” (Orth et al., 2012)
“Like Parent, Like Child: Intergenerational Transmission of Self-Esteem” (Kloep & Hendry, 2011)