エンゲージメント調査に一喜一憂していませんか?


エンゲージメント調査は、組織の健康診断である
「今年のエンゲージメントスコアが下がった」「部署ごとの数値にばらつきがある」「管理職への満足度が低い」。エンゲージメント調査の結果が出るたびに、人事や経営層が一喜一憂することは少なくありません。
もちろん、数値を見ることは大切です。エンゲージメント調査は、社員が会社や仕事、上司、仲間との関係に対して、どのような心理的なつながりを感じているかを把握する貴重な機会です。しかし、調査はあくまで「健康診断」です。健康診断で血圧や血糖値の異常が見つかっても、結果表を眺めるだけでは健康にはなりません。その後に、生活習慣を見直し、必要な治療を行い、体質改善をしていく必要があります。
組織も同じです。エンゲージメント調査で課題が見えたなら、その後に具体的な「治療」と「体質改善」が必要です。つまり、職場環境の改善、管理職の関わり方の見直し、社員一人ひとりのセルフマネジメント力の向上、そして自己肯定感と自己効力感を育む教育が求められます。
日本企業にとって、エンゲージメントは深刻な経営課題
エンゲージメントは、単なる社員満足度ではありません。会社の方針に共感し、自分の仕事に意味を感じ、組織の中で役割を発揮しようとする心理的なつながりです。Gallupは、エンゲージメントを「仕事、チーム、雇用主に対する心理的な愛着」と説明しており、2026年版の「State of the Global Workplace」では、2025年の世界の従業員エンゲージメントは20%に低下し、低エンゲージメントによる生産性損失は世界全体で約10兆ドルにのぼると推計しています。
日本の状況はさらに厳しいものがあります。Gallupの日本向けデータでは、日本の従業員エンゲージメント率は7%とされ、世界でも低い水準にあるとされています。別の2024年版レポート紹介では、日本の従業員エンゲージメントは6%、従業員の41%が日常的に強いストレスを感じていると報告されています。
さらに、Gallupの2026年版日本データでは、日本の従業員の39%が「前日に強いストレスを感じた」と回答しています。これは、社員が仕事に前向きなつながりを感じにくいだけでなく、日常的なストレスも抱えていることを示しています。
このような状況で、エンゲージメント調査の数値だけを追いかけても、根本的な改善にはつながりません。必要なのは、「なぜ社員は会社とのつながりを感じにくいのか」「なぜ仕事に意味を感じにくいのか」「なぜ自分の力を発揮できないのか」を、現場の実態に即して見ていくことです。
数値が低い職場で起きていること
エンゲージメントが低い職場では、社員が必ずしも不満を声に出しているとは限りません。むしろ、表面的には淡々と業務をこなしているように見えることがあります。しかし内面では、「この仕事に意味があるのだろうか」「自分は必要とされているのだろうか」「頑張っても認められない」と感じている場合があります。
たとえば、若手社員が会議で意見を出さなくなった。中堅社員が新しい挑戦を避けるようになった。管理職が部下と向き合う余裕を失っている。社員同士の会話が減り、必要最低限のやり取りだけになっている。こうした小さな変化は、エンゲージメント低下のサインです。
厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査」では、現在の仕事や職業生活に関して、強い不安、悩み、ストレスを感じる事柄がある労働者は68.3%でした。ストレスの内容として最も多いのは「仕事の量」43.2%、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」36.2%、「仕事の質」26.4%でした。
つまり、現場では「忙しすぎる」「責任が重い」「求められる水準が高い」という負荷が高まっています。その中で、社員が十分に認められず、相談できず、自分の成長や貢献を感じられない状態が続けば、エンゲージメントは下がって当然です。
「この会社で働けてよかった」は、日々の言葉がけから生まれる
真のエンゲージメントは、制度やスローガンだけでは生まれません。社員が日々の職場の中で、「自分はこの組織の一員として大切にされている」「自分の仕事は誰かの役に立っている」「この会社で成長できている」と感じられることが必要です。
そのために重要なのが、日々の言葉がけです。たとえば、上司が部下に対して「ありがとう」と伝えるだけでなく、「あなたが丁寧に確認してくれたおかげで、トラブルを防げた」「お客様が安心できたのは、あなたの対応があったからだ」と、貢献の意味まで言語化することです。
「助かったよ」「よく頑張ったね」だけでも嬉しい言葉ですが、さらに一歩進めて、「あなたの仕事が何に役立ったのか」を伝えることで、社員は自分の存在価値を実感しやすくなります。これは、エンゲージメントを高めるうえで非常に重要です。
「この会社で働けてよかった」という感覚は、大きな表彰や特別な報酬だけで生まれるものではありません。日々の小さな承認、感謝、期待、対話の積み重ねによって育まれます。
自己肯定感が低いと、エンゲージメントは高まりにくい
エンゲージメントを高めるためには、職場環境の改善だけでなく、社員一人ひとりの自己肯定感を育てることも重要です。自己肯定感とは、成果を出した自分だけでなく、失敗する自分、不安を感じる自分、まだ成長途中の自分も含めて、自分の存在を認める力です。
自己肯定感が低い社員は、上司からのフィードバックを「改善のための助言」ではなく、「自分への否定」と受け取りやすくなります。仕事でミスをしたときも、「今回はやり方に課題があった」ではなく、「自分は向いていない」「自分は役に立っていない」と感じてしまうことがあります。
このような状態では、いくら会社が理念を掲げても、社員はそこに前向きにつながることができません。なぜなら、自分自身への信頼が弱いと、組織への信頼や仕事への主体性も育ちにくいからです。
一方、自己肯定感が育っている社員は、失敗や注意を受けても、自分の存在価値と切り離して受け止めることができます。「今回はうまくいかなかった。でも、次はこう改善してみよう」と考えられるため、挑戦を続けることができます。この姿勢が、エンゲージメントの土台になります。
自己効力感が、仕事への主体性を生み出す
エンゲージメントには、自己効力感も欠かせません。自己効力感とは、「自分ならできる」「行動すれば状況を変えられる」と感じる力です。仕事の中で自己効力感が高まると、社員は受け身ではなく、自分から考え、動き、改善しようとします。
たとえば、新入社員にいきなり大きな成果を求めるのではなく、「今日はお客様への確認を一人で行う」「次回の会議で一つ意見を出す」「今週は業務改善案を一つ考える」といった小さな目標を設定します。そして、できたことを振り返り、「前よりできるようになった」と実感する。この積み重ねが、自己効力感を育てます。
中堅社員や管理職でも同じです。大きな改革を求める前に、「自分のチームで一つ対話の機会を増やす」「部下への承認の言葉を増やす」「会議の進め方を一つ変える」といった小さな行動が、職場を変える第一歩になります。
自己効力感が高まると、社員は「会社が何かしてくれるのを待つ」のではなく、「自分にもできることがある」と考えられるようになります。この主体性こそ、エンゲージメント強化に不可欠です。
メンタルヘルスとエンゲージメントは切り離せない
エンゲージメントの低下は、メンタルヘルスとも深く関係しています。強いストレスを抱えた状態では、人は前向きに仕事と向き合うことが難しくなります。疲労が蓄積すると、集中力や判断力、対人関係の余裕が低下し、仕事への意味や成長実感を感じにくくなります。
特に、真面目で責任感の強い社員ほど、自分の限界に気づかないまま頑張り続けることがあります。「周囲に迷惑をかけたくない」「弱音を吐いてはいけない」「期待に応えなければ」と自分を追い込み、気づいたときには心身が限界に近づいていることもあります。
だからこそ、エンゲージメント強化には、メンタルヘルス予防としてのセルフマネジメント教育が必要です。自分の感情やストレスサインに気づくこと。自分を責めすぎないこと。必要なときに相談する力を持つこと。失敗や不安を、自己否定ではなく成長の材料として受け止めること。これらは、社員が長く健康に働き続けるための土台です。
人事と現場が取り組むべき具体策
エンゲージメント調査の結果を改善するために、人事と現場がまず行うべきことは、数値の背景にある現場の声を拾うことです。部署別・年代別・職種別に結果を確認し、「どこに課題があるのか」を把握します。ただし、数値だけで判断せず、1on1やグループ対話を通じて、社員が何に困っているのか、何を求めているのかを聞くことが重要です。
次に、管理職教育を行います。管理職は、エンゲージメント向上の最前線にいます。Gallupの知見としても、よいマネジメントやコーチング、目標設定、支援の仕組みがエンゲージメントに深く関係するとされています。
管理職には、部下の話を聴く力、プロセスを承認する力、自己否定を生まないフィードバック、部下の小さな成長を言語化する力が求められます。「なぜできないのか」ではなく、「どこでつまずいたのか」「次に何を試してみるか」と問いかけることで、部下は安心して成長に向かうことができます。
さらに、社員向けには自己肯定感・自己効力感・セルフマネジメントを扱う研修を行います。自分の思考のクセを知る、感情の扱い方を学ぶ、仕事での成功体験を振り返る、自分の貢献を言語化する。こうしたワークを通じて、社員は「自分は役に立っている」「自分にもできることがある」と実感しやすくなります。
エンゲージメント強化は、社員の心の土台づくりから
エンゲージメント調査の結果は、良い悪いを判定する通信簿ではありません。組織の今の状態を知るための健康診断です。大切なのは、その結果をもとに、どのような治療と体質改善を行うかです。
制度を整えることも、働き方を見直すことも、管理職の関わり方を変えることも重要です。しかし、それと同時に、社員一人ひとりが自分の存在を認め、自分の力を信じ、自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられる心の土台を育てることが欠かせません。
「この会社で働けてよかった」。その言葉は、強制して生まれるものではありません。日々の承認、感謝、対話、成長実感、貢献実感の積み重ねから自然に生まれるものです。
自己肯定感は、社員が安心して自分らしく働くための土台です。自己効力感は、仕事の中で一歩踏み出し、成長し続けるための力です。そして、「自分は役に立っている」という実感は、仕事への誇りと働きがいを生み出します。
エンゲージメント強化とは、単にスコアを上げることではありません。社員一人ひとりが、自分の存在と可能性を信じながら働ける職場をつくることです。そのための教育と職場づくりこそ、これからの企業に求められる本質的な人材戦略なのではないでしょうか。




















