ストレスチェックの数値を見るだけで終わらせない~予防としてのセルフマネジメント教育~

工藤紀子
この記事の監修者
工藤紀子|代表理事
一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事。自己肯定感の研究と実践に32年取り組み、のべ2万8千人以上に研修を実施。著書に『レジリエンスが身につく 自己効力感の教科書』『職場の人間関係は自己肯定感が9割』等。詳しいプロフィール →

ストレスチェックは「実施すること」ではなく「改善につなげること」が目的

ストレスチェックは、社員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐための重要な制度です。しかし多くの企業では、「年に1回実施して、結果を確認して終わり」になってしまうことがあります。もちろん、法令対応として実施することは大切です。しかし本来の目的は、個人のストレス状態を把握するだけでなく、職場環境の改善につなげることにあります。

厚生労働省の「こころの耳」では、これまで努力義務だった労働者数50人未満の事業場についても、令和7年の労働安全衛生法改正によりストレスチェックの実施が義務化されたと説明されています。つまり、ストレスチェックは大企業だけの取り組みではなく、すべての企業にとって重要なメンタルヘルス施策になっていくということです。

ただし、制度が広がるほど重要になるのは、「結果をどう活用するか」です。高ストレス者が何%いるのか、部署ごとの差はどうか、仕事量・人間関係・上司支援・同僚支援のどこに課題があるのか。これらを丁寧に見ていくことで、初めて人事施策につなげることができます。

働く人の約7割が強いストレスを感じている

厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査」によると、現在の仕事や職業生活に関して、強い不安、悩み、ストレスを感じる事柄がある労働者は68.3%でした。つまり、働く人の約7割が何らかの強いストレスを抱えていることになります。ストレスの内容として最も多いのは「仕事の量」43.2%、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」36.2%、「仕事の質」26.4%でした。

この数字から見えてくるのは、ストレスの原因が単に「人間関係」だけではないということです。仕事量の多さ、責任の重さ、求められる仕事の質の高さが、働く人の大きな負担になっています。特に、真面目で責任感の強い社員ほど、「失敗してはいけない」「迷惑をかけてはいけない」「もっと頑張らなければ」と自分を追い込みやすくなります。

また、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.2%でした。50人以上の事業所では94.3%が取り組んでいる一方、10〜29人の事業所では55.3%にとどまっており、企業規模によって取り組みに差があることも示されています。

ストレスチェック結果を見るときのポイント

人事がストレスチェック結果を見る際に大切なのは、個人の問題として片づけないことです。高ストレス者が多い部署があった場合、「あの部署にはストレスに弱い人が多い」と見るのではなく、「その部署の業務設計やマネジメントに何が起きているのか」を見る必要があります。

たとえば、ある部署だけ「仕事の量」の数値が高い場合、単純に残業時間だけで判断するのではなく、業務の偏り、属人化、急な依頼の多さ、優先順位の不明確さを確認します。「仕事の失敗、責任の発生等」が高い場合は、責任が一部の人に集中していないか、ミスを責める文化がないか、相談しづらい雰囲気がないかを見ます。

また、「上司の支援」や「同僚の支援」が低い部署では、心理的安全性の低下が起きている可能性があります。社員が困っていても声を上げられない、ミスを隠してしまう、相談する前に一人で抱え込む。こうした状態は、メンタルヘルス不調だけでなく、業務ミスや離職にもつながります。

ストレスチェックは、社員の弱さを見つけるためのものではありません。組織の構造的な課題を発見し、職場をより良くするための鏡です。

現場で起きやすい課題

現場でよく起きる課題の一つは、「忙しさが当たり前」になっていることです。常に納期に追われ、会議が多く、チャットやメールも途切れない。社員は疲れていても、「みんな忙しいから仕方がない」と我慢してしまいます。この状態が続くと、心身の疲労が慢性化し、集中力や判断力が低下します。

二つ目は、「相談しづらい職場」です。上司が忙しそうで話しかけにくい。相談すると「自分で考えて」と言われる。ミスをすると厳しく責められる。このような環境では、社員は問題が小さいうちに相談できず、結果的に大きなトラブルやメンタル不調につながりやすくなります。

三つ目は、「自己否定が強まりやすい職場」です。成果や効率ばかりが重視されると、社員は「できていない自分」に意識が向きやすくなります。特に若手や中堅社員は、周囲と比較し、「自分は期待に応えられていない」「自分には価値がない」と感じることがあります。このような自己否定は、ストレス耐性を下げ、メンタルヘルス不調のリスクを高めます。

自己肯定感とメンタルヘルスの関係

メンタルヘルス対策を考えるうえで、自己肯定感は非常に重要な要素です。自己肯定感とは、成果を出した自分だけでなく、失敗する自分、不安を感じる自分、まだ成長途中の自分も含めて、自分の存在を認める力です。

自己肯定感が低い状態では、上司からのフィードバックを「改善点」ではなく「自分への否定」と受け取りやすくなります。仕事でミスをしたときも、「今回はやり方に課題があった」ではなく、「自分はダメだ」と感じてしまいます。その結果、次の挑戦を避けたり、相談できなくなったり、心の中で不安を抱え続けることになります。

一方、自己肯定感が育っている社員は、失敗や注意を受けても、自分の存在価値と切り離して受け止めることができます。「今回はうまくいかなかった。でも、次はこう改善してみよう」と考えることができるため、ストレスを成長の材料に変えやすくなります。

職場における自尊感情、つまり「自分はこの組織の中で価値ある存在だ」と感じられる感覚は、ワーク・エンゲージメントやWell-beingとも関係することが研究で示されています。組織内自尊感情は、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であるワーク・エンゲージメントの重要な予測要因の一つとされています。

予防としてのセルフマネジメント教育が重要な理由

ストレスチェックの結果が悪化してから対処するだけでは、対応が後手に回ります。高ストレス者への面談や休職者対応はもちろん重要ですが、それだけでは根本的な予防にはなりません。これからの人事に必要なのは、社員一人ひとりが自分の心の状態に早く気づき、整える力を身につける「セルフマネジメント教育」です。

セルフマネジメント教育とは、単にストレス解消法を教えることではありません。自分の感情の変化に気づくこと。ストレスのサインを知ること。思考のクセを理解すること。自分を責めすぎず、必要なときに相談できること。仕事の優先順位をつけ、抱え込みすぎないこと。これらを学ぶことです。

たとえば、社員が「最近イライラしやすい」「眠りが浅い」「小さなミスを過度に引きずる」「人に頼ることが苦手になっている」と気づければ、早い段階で対処できます。しかし、自分の状態に気づけないまま頑張り続けると、ある日突然、出社できなくなることもあります。

予防のためには、社員に「自分の心の状態を観察する習慣」を持ってもらうことが大切です。これは、ストレスチェックの年1回の数値だけでは補いきれない部分です。

人事ができる具体的な対策

人事がまず取り組むべきことは、ストレスチェック結果を部署別・職種別・年代別に分析することです。ただし、個人が特定されないように配慮しながら、どの部署にどのような傾向があるのかを把握します。「仕事量」が高い部署には業務量調整や優先順位の見直しを行い、「人間関係」や「上司支援」に課題がある部署には管理職研修や1on1の改善を行います。

次に、管理職への教育が必要です。メンタルヘルス不調の予防には、上司の関わり方が大きく影響します。管理職には、部下の変化に気づく力、安心して相談できる関係づくり、フィードバックの伝え方、過度な自己否定を生まない関わり方を学んでもらう必要があります。

さらに、社員向けにはセルフマネジメント研修を実施します。内容としては、自己肯定感を高めるワーク、ストレス反応への気づき、感情の扱い方、認知のクセの理解、相談力、自己効力感を高める小さな成功体験の設計などが有効です。

たとえば、研修では「最近、自分を責めている場面はどこか」「本当はどんな支援が必要だったか」「できていないことではなく、できていることは何か」を振り返ります。こうしたワークを通じて、社員は自分の心の状態を客観視できるようになります。

ストレスチェックを“数字”から“行動”へ変える

ストレスチェックの数値は、見るだけでは変わりません。大切なのは、数値から仮説を立て、現場の声を聞き、具体的な行動に落とし込むことです。

たとえば、「仕事の量」が高い部署では、会議時間の削減、業務棚卸し、担当業務の平準化を行います。「仕事の失敗、責任の発生等」が高い部署では、ミスを個人責任にせず、チームで振り返る仕組みをつくります。「上司支援」が低い部署では、1on1の質を高め、上司が部下の話を遮らずに聴くトレーニングを行います。

また、人事だけで抱え込まず、現場管理職、産業医、保健師、外部専門家と連携することも重要です。ストレスチェックは人事部門だけの業務ではなく、組織全体で職場環境を改善するための入り口です。

自己肯定感を育てることは、メンタルヘルス対策の土台になる

ストレスチェックの結果を改善するためには、制度運用と職場環境改善の両方が必要です。しかし、それに加えて見落としてはならないのが、社員一人ひとりの心の土台を育てることです。

自己肯定感が育つと、社員は失敗を過度に恐れず、必要なときに助けを求めやすくなります。自己効力感が育つと、「自分にもできることがある」「少しずつ状況を変えられる」と感じられるようになります。この2つは、ストレスに押しつぶされないための重要な心理的資源です。

メンタルヘルス対策は、不調になった人を支援するだけでは十分ではありません。不調になる前に、自分を整える力を育てること。職場の中で安心して相談できる関係をつくること。社員が「自分はこの組織で大切にされている」と感じられる環境をつくることが必要です。

ストレスチェックの結果改善は、単なる数値改善ではありません。それは、社員が安心して働き、自分の力を発揮できる職場づくりそのものです。予防としてのセルフマネジメント教育と、自己肯定感を育む取り組みこそが、これからの人事に求められる本質的なメンタルヘルス対策なのではないでしょうか。

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工藤紀子 代表理事
一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事。32年以上にわたり自己肯定感(セルフエスティーム)の研究と実践に取り組み、日本人の特性に最適化した独自メソッドを開発。

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