

なぜ今、企業に「社員の幸福度」が求められているのか
ここ数年、「ウェルビーイング」という言葉が、企業経営や人材育成の場面で頻繁に使われるようになりました。かつては、国や企業の豊かさを測る指標としてGDPや売上、利益、生産性が重視されてきました。しかし今、世界では「人がどれだけ幸せに生きているか」「自分の人生に満足しているか」という主観的な幸福度も、社会や組織の健全性を測る重要な指標として位置づけられています。
実際、内閣府は「満足度・生活の質に関する調査」を、国民のWell-beingの観点から経済社会の構造を多面的に把握し、政策運営に活かす目的で実施しています。2025年の報告書では、生活満足度だけでなく、「充実した人生を送れている」「人々に認められている」「人々や社会の役に立っている」「人と違うことを言っても受け止めてもらえる」「人々に支えられている」といった内面的・社会的な指標も取り上げられています。
世界幸福度ランキングにおいて、日本は先進国の中で決して高い位置にあるとは言えません。2026年のWorld Happiness Reportでは、フィンランドが9年連続で世界1位となり、日本は61位、スコアは6.130と報告されています。幸福度の高い国々には、所得や健康寿命だけでなく、社会的支援、人生選択の自由、信頼、寛容さといった要素が共通して見られます。
日本人の幸福度が伸び悩む背景
では、なぜ日本人の幸福度は伸び悩んでいるのでしょうか。その背景には、「人とのつながり」「仕事と生活のバランス」「自分の存在が認められている感覚」「自分の意思で人生を選んでいる感覚」の不足があると考えられます。内閣府の2025年調査でも、「生活満足度」の平均スコアは5.79でしたが、「人々に認められている」は5.17、「人々や社会の役に立っている」は5.01、「人と違うことを言っても受け止めてもらえる」は5.00と、相対的に低い数値でした。
これは、まさに自己肯定感と深く関係しています。自己肯定感とは、「ありのままの自分を認める力」です。成果を出した自分だけでなく、失敗する自分、不安を感じる自分、迷いながら進む自分にも価値があると感じられる心の土台です。一方、自己効力感とは、「自分ならできる」「行動すれば状況を変えられる」と感じる力です。自己肯定感が“存在の安心感”だとすれば、自己効力感は“行動への確信”です。
自己肯定感と自己効力感が低い職場で起きること
この2つが低い状態では、ビジネスパーソンは常に他者評価に振り回されやすくなります。上司にどう見られているか、同僚より劣っていないか、失敗したら評価が下がるのではないか。そのような不安が強くなると、挑戦よりも失敗回避を選び、相談よりも自己完結を選び、結果として孤立やメンタル不調につながりやすくなります。
実際、日本の職場には大きな課題があります。Gallupの2025年の日本データでは、日本の従業員エンゲージメントは8%にとどまり、東アジア平均18%、世界平均と比べても低い水準です。また、日本の従業員の39%が前日に強いストレスを感じたと回答しています。厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査」では、メンタルヘルス対策に取り組む事業所は63.2%、50人以上の事業所では94.3%に上っています。対策は進んでいるものの、ストレスチェックの実施だけでは、働く人の幸福度や主体性を十分に高めることは難しいのが現状です。
これからの企業に必要なのは、「不調者を減らす」だけでなく、「一人ひとりが自分らしく力を発揮できる状態をつくる」ことです。そのためには、次の3つの施策が重要です。
施策1:職場の中で「認められている感覚」を増やす
第一に、職場の中で「認められている感覚」を増やすことです。内閣府調査では、「人々に認められている」「人々や社会の役に立っている」「人と違うことを言っても受け止めてもらえる」の3項目は相互に高い相関があり、社会とのつながり満足度とも正の相関が見られています。つまり、人は単に給与や待遇だけで幸せになるのではなく、「自分の存在や貢献が受け止められている」と感じたときに、幸福感を高めやすいのです。
具体的には、上司が部下に対して「結果」だけでなく「プロセス」を承認することが大切です。たとえば、「売上目標を達成したね」だけでなく、「途中で諦めずに顧客に向き合っていた姿勢がよかった」「資料の改善を重ねた努力が伝わった」と伝える。これは自己肯定感を高める関わりです。成果の有無にかかわらず、自分の存在や努力が見られていると感じることで、社員は安心して次の挑戦に向かいやすくなります。
施策2:「小さな成功体験」を設計する
第二に、「小さな成功体験」を設計することです。自己効力感は、単なる励ましでは高まりません。「やってみたらできた」「前より少し成長した」という体験の積み重ねによって育ちます。たとえば、新入社員や若手社員には、いきなり大きな成果を求めるのではなく、1週間単位で達成可能な行動目標を設定します。「会議で1回発言する」「顧客へのメール文を自分で作成してみる」「先輩に質問を3つ用意する」といった小さな行動です。
そして、その行動を振り返り、「何ができたか」「次に何を試すか」を確認します。このサイクルが回ると、社員は「自分は少しずつできるようになっている」と感じられます。これが自己効力感の土台になります。特に、変化の激しい時代には、完璧にできる人材よりも、失敗しても学び直し、再挑戦できる人材が求められます。
施策3:「人と違う意見を言っても大丈夫」な職場をつくる
第三に、「人と違う意見を言っても大丈夫」という心理的安全性を高めることです。日本の職場では、空気を読む力が重視される一方で、自分の考えを率直に言うことに不安を感じる人も少なくありません。しかし、内閣府調査でも「人と違うことを言っても受け止めてもらえる」感覚は、社会とのつながりや幸福感と関連しています。
たとえば会議で、上司が最初に正解を示してしまうのではなく、「違う視点があれば歓迎します」「まだまとまっていない意見でも大丈夫です」と伝える。発言に対してすぐに否定せず、「そう考えた背景を教えてください」と受け止める。このような日常の関わりが、社員の自己肯定感を守り、主体的な発言や創造性を引き出します。
仕事以外の時間も、幸福度を高める重要な要素
また、幸福度を高めるうえでは、仕事以外の時間の充実も欠かせません。フィンランドをはじめとする幸福度上位国では、社会的支援や信頼、余暇、生活の質が重視されています。日本企業も、長時間働くことを美徳とする文化から、「休むこと」「学ぶこと」「人とつながること」も生産性の一部であるという考え方へ転換する必要があります。
具体的には、1on1で業務進捗だけでなく、コンディションや働きがいを確認する。部署内で感謝を伝え合う時間をつくる。管理職研修に、自己肯定感・自己効力感・感情マネジメントを組み込む。キャリア面談では、評価だけでなく「本人が何を大切にして働きたいか」を扱う。こうした取り組みは、単なる福利厚生ではなく、人的資本経営の基盤となります。
ウェルビーイング経営の土台は、自己肯定感と自己効力感である
これからの企業に求められるのは、社員を「管理する対象」として見ることではありません。一人ひとりが、自分の存在を認め、自分の力を信じ、人とのつながりの中で役割を実感できる職場をつくることです。
日本人の幸福度を高めるためには、社会制度や働き方改革だけでなく、日々の職場における関わり方の質を変えていく必要があります。自己肯定感は、安心して自分らしくいるための土台です。自己効力感は、未来に向かって一歩踏み出す力です。この2つを育む職場こそが、これからの時代における本当の意味でのウェルビーイング経営を実現していくのではないでしょうか。



















