セルフエスティームから考えるコンプライアンス意識向上

工藤紀子
この記事の監修者
工藤紀子|代表理事
一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事。自己肯定感の研究と実践に32年取り組み、のべ2万8千人以上に研修を実施。著書に『レジリエンスが身につく 自己効力感の教科書』『職場の人間関係は自己肯定感が9割』等。詳しいプロフィール →

近年、企業から「社内調査で従業員のセルフエスティームが低いことが分かった。コンプライアンス意識の向上とあわせて研修をしてほしい」というご相談をいただく機会が増えています。

一見すると、「自分を大切にすること」と「法令や社内ルールを守ること」は、別のテーマに見えるかもしれません。しかし実際の職場では、この二つは深く関係しています。
コンプライアンス違反は、単に「ルールを知らなかったから」起こるとは限りません。
「上司に逆らえない」
「失敗を認めたら評価が下がる」
「成果を出せない自分には価値がない」
「周囲と違うことを言うのが怖い」
こうした心理が、問題を隠す、見て見ぬふりをする、無理な指示に従う、報告をためらうといった行動につながることがあるからです。

そして、これからのコンプライアンスを考えるうえで重要なキーワードの一つが、「インテグリティ(Integrity)」です。インテグリティとは、一般的に「誠実さ」「高潔さ」などと訳されますが、職場に置き換えるならば、「たとえ誰にも見られていなくても、正しいと思うことを行う姿勢」、そして、「言っていることと実際に行っていることが一致している、言行一致の姿勢」と考えると分かりやすいでしょう。

「会社がこう言っているから守る」「上司に見られているから守る」のではなく、自分自身の価値観や倫理観に照らして、「これは正しいだろうか」と考え、行動を選択する。

こうしたインテグリティこそが、表面的なルール遵守を超えたコンプライアンス文化の土台になります。そして私たちは、このインテグリティを発揮するための心理的な土台の一つとして、セルフエスティームが重要だと考えています。

「知っている」と「行動できる」は違う

2024年10月に公表されたデロイト トーマツの「企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2024-2026」では、国内714社への調査で、過去3年間に何らかの不正・不祥事が発生した上場企業は50%。さらに、6件以上の不正が発生した企業の割合は前回調査より5ポイント増加しました。

また、93%の企業が「直近20年間でコンプライアンス違反とされる行為の範囲が広がった」と認識しています。企業のコンプライアンスへの意識が高まっている一方で、不正・不祥事のリスクは依然として存在しています。

海外のデータを見ても同様です。
ACFE(Association of Certified Fraud Examiners:公認不正検査士協会)が2026年に公表した「Occupational Fraud 2026」では、143の国・地域、2,402件の職業上の不正事例を分析した結果、不正の43%が「誰かからの通報」をきっかけに発覚し、その半数以上が従業員からの情報でした。

さらに、不正防止研修を受けた従業員からの通報は、研修を受けていない従業員の2倍以上。従業員と管理職の双方に研修を実施していた組織では、不正1件あたりの損失中央値が8万4,000ドルだったのに対し、どちらにも研修を行っていない組織では15万ドルでした。

ここから見えてくるのは、制度やルールを整備するだけではなく、「問題に気づいたときに声を上げられる人」と「その声を受け止められる組織」を育てる必要があるということです。つまり重要なのは、「正解を知っていること」だけではありません。

周囲がどうしているか、上司が何と言っているか、誰かに見られているかどうかにかかわらず、自分自身で「何が正しいのか」を考え、その判断に基づいて行動できること。ここにインテグリティが求められます。

セルフエスティームとインテグリティの関係

セルフエスティームとは、「自分には価値がある」「完璧でなくても自分を尊重できる」という、自分自身への基本的な信頼と尊重です。

もちろん、「セルフエスティームが低い人ほど不正をする」という単純な因果関係ではありません。不正・不祥事には、組織風土、上司の姿勢、過度な目標設定、内部統制、評価制度など、さまざまな要因が関係しています。

一方で、21の相関研究、計5,135人を対象としたメタ分析(Whelpley & McDaniel, 2016)では、セルフエスティームと職場における反生産的職務行動(CWB)との間に負の関連(推定相関-0.26)が報告されています。

セルフエスティームは、コンプライアンス行動を考えるうえで無視できない心理的要因の一つといえるでしょう。なぜなら、セルフエスティームが安定している人は、必ずしも「自信がある人」というだけではなく、周囲からの評価と自分自身の価値を切り離して考えやすくなるからです。

「上司に反対したら嫌われるかもしれない。でも、それによって私自身の価値がなくなるわけではない」
「失敗を認めたら評価は下がるかもしれない。でも、だからといって事実を隠す必要はない」
「周囲はやっているかもしれない。でも、自分は正しくないと思うからやらない」

こうした判断ができることは、インテグリティを発揮するうえで非常に重要です。

セルフエスティームとは自分を尊重する力。
インテグリティとは、その自分が大切にする価値観や倫理観に基づいて、行動を一致させる力。この二つは、密接につながっていると考えられます。

特に注目したいのが、次の4つの場面です。

第一は、「失敗を認める場面」です。

自分の価値を成果や他者評価だけで測っていると、ミスを「仕事上で起きた一つの出来事」ではなく、「自分には能力がない」「自分には価値がないことの証明」のように受け取ってしまうことがあります。

すると自分を守るために、報告を遅らせる、数字をよく見せる、事実を小さく伝える、責任を他者に転嫁するといった自己防衛が起こりやすくなります。

一方、インテグリティの観点から考えると、
「ミスをした自分を守るために事実を隠すのか」

それとも、
「自分にとって不都合であっても、事実を正確に伝えるのか」
という選択になります。

誰にも気づかれない可能性があったとしても、自分の価値観に基づき正直に報告する。このような小さな選択の積み重ねが、コンプライアンス文化をつくります。

第二は、「上司や周囲にNOと言う場面」です。

人から認められることへの依存が強いと、
「断ったら嫌われる」
「評価を下げられる」
「自分だけ反対したら居場所がなくなる」
という不安から、疑問を感じている指示にも従ってしまうことがあります。

しかしコンプライアンスに必要なのは、単なる従順さではありません。

必要なときには、
「その方法で進めて問題がないか、一度確認させてください」
「私はこの点に懸念があります」
と伝えられる自律性です。

これはまさに、周囲に合わせることよりも、自分の倫理観と実際の行動を一致させるインテグリティが問われる場面です。

第三は、「成果へのプレッシャーが高い場面」です。

ACFE(公認不正検査士協会)の2026年報告では、組織内部からの「過度なプレッシャー」が、損失額の中央値が最も大きい行動上の警告サイン(中央値53万2,000ドル)として挙げられています。

「目標を達成できなければ自分の価値まで下がる」「結果を出さなければ認めてもらえない」という心理状態では、
「今回だけなら」
「みんなやっている」
「会社のためだから」
と、本来であれば問題だと分かっている行為を合理化しやすくなります。

ここでも必要なのは、「会社はコンプライアンスを重視すると言っている。しかし、目標達成のためなら多少の違反は許される」という言行不一致を生み出さないことです。

組織が掲げる理念や倫理観と、管理職の日々の指示や評価、意思決定が一致しているかどうか。インテグリティは、社員個人だけに求められるものではなく、組織や経営者、管理職にも求められます。

第四は、「問題に気づき、声を上げる場面」です。

デロイト トーマツの「内部通報制度の整備状況に関する調査2024年版」では、内部通報制度の構築・運用から遠い部署にいる回答者の29.5%が「不正を知っても内部通報制度に通報しない」と回答しています。

窓口をつくっただけでは、人は必ずしも声を上げません。
「こんなことを言ってよいのだろうか」
「自分の判断が間違っていたらどうしよう」
「余計なことを言う人だと思われたくない」
という不安を超えて、自分が感じた違和感を尊重し、必要な相談や報告ができることが重要です。

心理的安全性が従業員の「声を上げる行動」を促すことや、支援的なリーダーシップがその関係を強めることも、職場研究(Journal of Work and Organizational Psychology, 2023など)で示されています。

「誰も見ていなくても正しいことをする」組織へ

例えば、品質検査の数値が基準を満たしていなかったとします。
上司から、「納期に間に合わない。今回はこの数値で通そう」と言われたとき、社員が「数値の改ざんはいけない」と知識として理解しているだけでは、必ずしも十分ではありません。

「この程度なら発覚しないだろう」
「上司から言われたのだから仕方がない」
「自分だけ反対しても変わらない」
と考えれば、知識と実際の行動が一致しないことがあります。

ここで問われるのがインテグリティです。
「もし誰にも発覚しなかったとしても、自分はこの行動を正しいと思えるだろうか」
「会社が掲げている理念や、自分が大切にしている価値観と、この行動は一致しているだろうか」
という視点を持つことです。

そのうえで、
「上司に反対しても、自分の価値が下がるわけではない」
「未達やミスを報告しても、それによって自分の人間的価値まで否定されるわけではない」
「会社の本当の利益は、問題を隠すことではなく、早い段階で共有して修正することにあ
る」と考えられることが、「正しい知識」を「正しい行動」へとつなげていきます。

コンプライアンス研修にセルフエスティームとインテグリティの視点を

そのため、これからのコンプライアンス研修には、法令や違反事例を学ぶだけでなく、
 ① 自分が「評価・成果・承認」に過度に依存していないかを振り返る
 ② 失敗したときに浮かぶ自動的な思考や自己防衛に気づく
 ③ 不適切な指示を受けた際のアサーティブな伝え方を練習する
 ④ 「違和感を伝える・相談する・報告する」をケーススタディで体験する
 ⑤ 「誰にも見られていなくても、この行動を選択するか」というインテグリティの視点から自分の判断を振り返る
 ⑥ 組織が掲げる理念・倫理観と、日々の判断や行動が一致しているかを考える
 ⑦ 管理職が部下からのミス報告や異論をどう受け止めるかを学ぶ
といった、心理面からのアプローチを組み込むことが重要です。

そして企業側も、セルフエスティームの低さを「本人の弱さ」として捉えないことが大切です。

成果だけで評価される、失敗すると強く責められる、上司と違う意見を言えない、相談しても受け止めてもらえない。

こうした職場環境そのものが、人の自己評価や行動に影響します。
近年の研究でも、職場における自己評価(組織基盤自尊心)と逸脱行動との関係は、上司の不適切な言動など、組織環境との相互作用によって変化することが示されています。
つまり、「社員の意識を変える研修」だけでは十分ではありません。

管理職の関わり方、評価のあり方、失敗への対応、相談や内部通報のしやすさ、そして会社が掲げている理念と実際の経営・マネジメントが一致しているかまで含めて、組織全体で考える必要があります。

コンプライアンスは「自分も他者も尊重すること」から始まる

セルフエスティームを高めることは、「自信満々な人をつくること」ではありません。

自分の弱さや失敗も含めて現実的に自分を受け止め、必要以上に他者からの評価に振り回されず、自分も他者も尊重しながら、必要なときに適切な選択ができる力を育てることです。

そして、コンプライアンスもまた、単に「違反しないこと」ではありません。
「失敗を言える」
「おかしいと言える」
「断れる」
「相談できる」
「人を尊重できる」

そして、
「誰も見ていなくても、正しいと思うことを選択できる」
「自分たちが大切だと言っていることと、実際の行動を一致させる」
こうした日々の行動こそがインテグリティであり、その積み重ねによって組織のコンプライアンス文化はつくられていきます。

だからこそ、本当にコンプライアンス意識を高めたいのであれば、「何を守るべきか」を教えるだけではなく、
「正しいと思うことを、自分を失わずに行動に移せる心理的な土台」
を育てることが重要です。

セルフエスティームが「自分を尊重する土台」だとすれば、インテグリティは「その自分が大切にする価値観を、実際の行動として貫くこと」。

この二つを育てることが、形だけではない、本質的なコンプライアンス意識の向上につながっていくのです。

セルフエスティーム×インテグリティ×コンプライアンスというアプローチ

一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会では、コンプライアンスを単なる「ルール遵守」の問題として捉えていません。

一人ひとりが自分自身を尊重し、自分が大切にする価値観や倫理観に基づいて判断するとともに、周囲の人や組織も尊重し、適切な行動を選択できる力を育てることが重要だと考えています。

そのため、「セルフエスティーム×インテグリティ×コンプライアンス」という視点から、自己理解、承認への依存、失敗への捉え方、思考のクセ、アサーティブコミュニケーション、インテグリティ、心理的安全性などを組み合わせた研修を実施しています。

「社内調査でセルフエスティームや心理的安全性の低さが見えてきた」
「社員一人ひとりが、自ら考えて適切な判断のできる組織をつくりたい」
「企業理念や行動指針を掲げるだけでなく、日々の行動として定着させたい」
「不祥事を未然に防ぐ組織風土をつくりたい」

とお考えの企業・団体の皆さまは、ぜひ一度ご相談ください。

「見られているから守る」組織から、「誰も見ていなくても正しいことを選択する」組織へ。「ルールだから従う」コンプライアンスから、「自分たちが大切にする価値観に基づいて行動する」コンプライアンスへ。

一人ひとりが自ら考え、声を上げ、自分と他者を尊重しながら適切な行動を選択できる組織づくりを、セルフエスティームという心理的な土台から支援いたします。

(文責:代表理事 工藤紀子)

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工藤紀子 代表理事
一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事。32年以上にわたり自己肯定感(セルフエスティーム)の研究と実践に取り組み、日本人の特性に最適化した独自メソッドを開発。

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