AI時代だからこそ、組織にセルフエスティームが必要な理由

工藤紀子
この記事の監修者
工藤紀子|代表理事
一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事。自己肯定感の研究と実践に32年取り組み、のべ2万8千人以上に研修を実施。著書に『レジリエンスが身につく 自己効力感の教科書』『職場の人間関係は自己肯定感が9割』等。詳しいプロフィール →

AIの進化とともに、働く人の心に広がる不安

生成AIの急速な普及によって、私たちの働き方は大きな転換期を迎えています。
文章の作成、データ分析、資料作成、企画立案など、これまで人が時間をかけて行ってきた仕事を、AIが短時間で支援できるようになりました。
企業にとってAIは、生産性を高め、新たな価値を生み出すための重要な技術です。しかし、その一方で、働く人の心には新たな不安が生まれています。
「自分の仕事は、いずれAIに取って代わられるのではないか」
「これまで培ってきた経験やスキルは、もう必要とされなくなるのではないか」
「新しい技術についていけなければ、会社での居場所がなくなるのではないか」

私自身、多くの企業の皆さまと関わり、社員研修を実施する中で、こうした将来への不安や、自分自身の能力・存在価値に対する迷いを感じている方が増えているように感じています。
AIの進化そのものが問題なのではありません。
本当に考えるべきなのは、急速に変化する環境の中で、働く人が自分自身の価値を見失わず、安心して能力を発揮できる組織をどうつくるか、ということです。
その土台となるものが「セルフエスティーム(自己肯定感)」です。

データから見える、AI時代の働く人の不安

実際に、AIの普及とともに、働く人の心理面にも変化が生じています。
Microsoftが2026年5月に公表した「Work Trend Index」では、日本を含む10か国の、仕事でAIを利用する知識労働者2万人を調査しています。
その結果、65%が「AIを使って素早く適応しなければ、取り残されるのではないか」と不安を感じている ことが報告されています。
さらに、45%はAIによって仕事の進め方を変革するよりも、現在の目標達成に集中するほうが安全だと感じていました。
新しい技術を活用する必要性を感じながらも、変化に踏み出すことに不安を抱えている人が少なくないのです。

また、OECD(経済協力開発機構)の2023年の報告では、AI導入によって仕事の満足度や生産性が向上する可能性が示される一方、雇用への不安も指摘されています。
日本の労働者を対象とした研究についても、AI導入と仕事の満足度の向上との関連が見られる一方で、ストレスの増加との関連が報告されています。
これらのデータは、AI活用が必ずしも社員の安心感につながるわけではないことを示唆しています。技術の導入と同時に、人の心理面を支える取り組みが求められているのです。

AI時代に揺らぎやすい「自分の価値」

私たちは、仕事の成果や他者からの評価によって、自分自身の価値を判断してしまうことがあります。
「成果を上げている自分には価値がある」
「誰かの役に立っているから、ここにいてよい」
こうした考え方が強い場合、仕事の成果が出ないときや、役割が変化したときに、自分自身の価値まで揺らいでしまうことがあります。

例えば、長年の経験によって高い専門性を身につけてきた社員が、AIによって自分の業務の一部を短時間で処理できるようになった場面を考えてみましょう。
本来であれば、AIを活用することで、その社員は蓄積してきた知識をより高度な判断や後進の育成に生かせるはずです。
しかし、仕事の成果や専門性だけで自分の価値を判断していると、「これまでの自分の努力は何だったのだろう」と感じてしまうことがあります。ここで重要になるのが、セルフエスティームなのです。

セルフエスティームとは、できることや成果、他者からの評価だけに左右されず、自分自身の存在や価値を認め、尊重する感覚 です。
これは、「自分は何でもできる」と思い込むことでも、根拠のない自信を持つことでもありません。
自分の強みも弱みも認め、うまくいかないときにも自分を否定せず、成長する可能性を信じられることです。

セルフエスティームが安定している人は、できないことや知らないことがあっても、それを自分の価値の低下と結びつけにくくなります。
だからこそ、変化を必要以上に恐れず、新しい知識を学び、他者の力やAIの力も借りながら、次の一歩を踏み出しやすくなるのです。

組織のセルフエスティームとは何か

セルフエスティームは個人だけの問題ではありません。
組織の中で、一人ひとりが「自分はここに居場所がある」「自分の存在や意見は尊重されている」「自分は組織に貢献できる、役に立てている」と感じられる環境をつくることも重要です。

私たちは、こうした個人の尊厳や相互尊重を大切にする組織のあり方を、組織のセルフエスティームという視点から考えています。
心理学の研究にも、これに関連する概念があります。
それが「組織内自尊感情(Organization-Based Self-Esteem:OBSE)」です。
これは、社員が組織の一員として、自分には価値があり、能力を発揮できる存在であると認識する感覚を指します。
2010年に発表されたBowlingらのメタ分析では、組織内自尊感情が、職務満足、組織へのコミットメント、健康、仕事のパフォーマンス、組織市民行動などと関連することが示されています。
つまり、社員が組織の中で自分の価値を実感できることは、個人の心の安定だけでなく、組織全体の働き方や成果とも関係しているのです。組織のセルフエスティームを育むことは、単に社員を褒めたり、前向きな言葉をかけたりすることではありません。
社員一人ひとりの存在や意見が尊重され、失敗したときにも人格を否定されず、互いの強みを認め合える関係性を築くことです。

セルフエスティームが組織のAI活用を左右する

ここで、AIを導入した職場を例に考えてみましょう。
ある部署では、AIを使って業務改善の提案をすることが推奨されています。
しかし、社員の中にはAIの操作に自信がない人もいます。
「こんな初歩的な質問をしたら、能力が低いと思われるのではないか」
「AIを使いこなせないことを知られたくない」
そう考える社員が多い職場では、疑問を抱えていても質問できず、失敗を避けようとして新しい取り組みに消極的になるかもしれません。

一方、日頃から互いを尊重し、わからないことを安心して伝えられる職場ではどうでしょうか。
「一緒に試してみよう」
「うまくいかなかった方法も共有しよう」
「あなたの経験とAIを組み合わせたら、もっとよい方法が見つかるかもしれない」
こうした対話が生まれることで、新しい技術を学び合う環境が育っていきます。

この違いには、心理的安全性も深く関わっています。
心理的安全性とは、質問や意見、失敗の報告など、対人関係上のリスクを伴う行動をとっても、安心できると感じられる状態です。
セルフエスティームと心理的安全性は異なる概念ですが、互いに関連しながら、社員の主体性や意欲や挑戦を支える重要な要素と考えられます。
AI導入を成功させるためには、ツールの使い方を教えるだけでなく、社員が安心して学び、挑戦し、互いの知恵を持ち寄れる組織文化を育むこと が欠かせません。

AI時代に企業が取り組みたい3つのこと

では、組織のセルフエスティームを育むために、企業は何から始めればよいのでしょうか。
ここでは、3つの取り組みをご紹介します。
その前に、大切にしたいことがあります。
それは、組織のセルフエスティームを育む土台となるのは、組織を構成する社員一人ひとりのセルフエスティームであるということです。
そして、その中でも特に重要な役割を担うのが、管理職やリーダーの存在です。

管理職自身のセルフエスティームが不安定であると、部下の失敗を自分の評価の低下と結びつけたり、異なる意見を自分への否定と受け取ったりして、無意識のうちに防衛的な言動につながることがあります。
一方、自分の強みも弱みも受け入れ、自分自身を尊重できるリーダーは、部下の違いや失敗も受け止めやすくなります。社員を尊重する組織をつくるためには、まずリーダー自身が自分を尊重できているかが問われるのです。
同時に、社員一人ひとりが自分自身の価値を認め、互いを尊重できることも欠かせません。
こうした個人のセルフエスティームと、日々の関わり方の積み重ねが、組織全体の風土をつくっていきます。

1.成果だけではなく、社員の存在と貢献を認める環境をつくる

成果を評価することは大切です。しかし、成果だけが社員の価値を決めるような組織では、失敗や変化への不安が強まりやすくなります。
例えば、目標を達成できなかった社員に対しても、「今回の経験から何を学んだか」「次にどう生かせるか」という視点で対話することが大切です。
また、特別な成果を上げたときだけでなく、日頃の協力、周囲への気遣い、挑戦する姿勢など、数字だけでは表れない貢献にも目を向けていく必要があります。
そのためには、管理職自身が、成果や評価だけで自分の価値を判断しないことも重要です。
自分の価値を成果だけで測らないリーダーだからこそ、部下の価値も成果だけで判断せず、一人ひとりの存在や貢献を認めやすくなるのです。

2.安心して「わからない」と言える環境をつくる

AIの進化が速い今、誰もが常に正しい知識を持ち続けることは困難です。
リーダーが率先して「私もまだ勉強中です」「一緒に考えてみましょう」と伝えることも、社員が安心して学ぶための一歩になります。
しかし、自分の弱みを見せることが、自分の価値や威厳を損なうと感じているリーダーにとって、「わからない」と認めることは容易ではありません。自分自身の不完全さを受け入れられるからこそ、他者の不完全さにも寛容になれるのです。
そして、社員一人ひとりにも、「わからないことがあっても、自分の価値が下がるわけではない」という感覚が必要です。リーダーも社員も、失敗や未熟さを自分の価値と切り離して捉えられることが、安心して学び合える組織の土台になります。

3.自分の強みと役割を再認識する機会をつくる

AIによって業務が変化するときこそ、自分の強みや経験、仕事を通じて実現したい価値を見つめ直すことが必要です。
例えば、社員同士で「自分が仕事で大切にしていること」「これまでに人から感謝された経験」「AIを活用して新たに挑戦したいこと」などを共有する時間を設けることも一つの方法です。
その際、管理職には、社員の強みや可能性を一方的に評価するのではなく、本人が自らの価値に気づけるように支援する姿勢が求められます。また、社員自身も、他者との比較や評価だけにとらわれず、自分の経験や強みを認めることが大切です。
一人ひとりが自分の価値を認め、互いの強みを尊重し合うことで、組織全体の力が引き出されていきます。AIにできることを増やすだけでなく、人が自分自身の可能性を見いだし、新しい役割に挑戦できる機会をつくることが重要です。

AI時代だからこそ、一人ひとりの価値を大切にする組織へ

AIはこれからも進化し、私たちの仕事のあり方や、人が担う役割を大きく変えていくでしょう。しかし、仕事の役割が変わることと、人としての価値が変わることは、まったく別のことです。
AIがどれほど高度な能力を持つようになっても、人を尊重すること、相手の気持ちを理解しようとすること、何を大切にして判断するのかを考えること、そして組織としてどのような未来をつくりたいのかを選択することは、私たち人間が向き合うべき大切な課題です。
これからの企業に求められるのは、AIを導入し、生産性を高めることだけではありません。AIの力を活用しながら、社員一人ひとりが自分の価値を実感し、安心して能力を発揮できる環境を整えることです。そのためには、制度や仕組みを整えるだけでなく、管理職やリーダー自身がセルフエスティームを育み、社員一人ひとりも自分自身を尊重しながら、互いの価値を認め合える組織文化を築いていくことが重要です。

自分を尊重できるからこそ、他者も尊重できる。自分の価値を信じられるからこそ、変化の中でも新しい一歩を踏み出せる。こうした一人ひとりのあり方が、組織全体の信頼関係を育み、変化に対応する力や、新たな価値を生み出す力につながっていくのではないでしょうか。
AI時代だからこそ、企業には技術への投資と同時に、社員一人ひとりのセルフエスティームを育む「人への投資」が求められています。
AI時代に本当に強い組織とは、最新の技術を活用できるだけでなく、変化の中でも一人ひとりが自分の価値を見失わず、互いを尊重し、ともに成長していける組織ではないでしょうか。

(文責:代表理事 工藤紀子)

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工藤紀子 代表理事
一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会 代表理事。32年以上にわたり自己肯定感(セルフエスティーム)の研究と実践に取り組み、日本人の特性に最適化した独自メソッドを開発。

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